自立の勘違い

大学入学、念願の一人暮らし。

引越し初日から、部活動の勧誘で先輩方が回ってきて、部室に連れていかれた。

入学前に友人ができた。

ホームシックになる暇もなく、毎日ものすごく楽しかった。

小さい頃家に帰るのを嫌がったことを思い出し、

「私は本当に自立しているんだなぁ」と考えていた。

 

今こそ、精神的な自立など全然しておらず、

ずっと「認めてほしい」「話を聞いてほしい」の呪縛の中で生きてきたとわかる。

他人に依存しきっているとわかる。

 

自立には4種類あるそうだ。

「身体的自立」「精神的自立」「経済的自立」「社会的自立」。

そのうち、精神的自立には4つのポイントがあるという。

 

精神的な自立のポイントは次の4つです。

 

1. 自分の軸がある(依存していない)

 価値基準、評価の軸や、自分の感覚感情の軸があることです。

2. 影響を受けない(巻き込まれない)

 影響を受けるということも「依存」(自立していない)と考えるとわかりやすいでしょう。

3. 自分のエネルギーを自分で賄える

 自分の精神的なエネルギー(喜びや生きがい)を理解し、生きていることに意味を見いだせる。

4. 上手に人と助け合える

 よく「精神的に自立」というと100%他人に頼らない、のようなイメージをされますが、人との境界線や、責任の範囲がわかって、人と同調ではなく調和できる状態が理想です。

 

 人は集団の生き物なので、一人では精神を病んでしまいます。

 まだまだ、精神的な自立にはたくさんの要素がありますが、こういった要素が合わさって精神的な自立となります。

 

精神的な自立のポイント | 永久変換型「アダルトチルドレン克服」10のメソッド

 

自分に「"認めてほしい"という気持ちがあると認める」までは、4つすべてできていると思っていた。

特に大学1年生の頃は、親から経済的に独立したいという思いが強く、生活費としてもらった仕送りに一切手をつけず、アルバイトで賄っていた。

(学費と家賃はがっつり依存していたが、そこは通帳に現れなかったのでまったく気にしていなかった)

 

家ではまったく手伝わなかった、炊事・掃除・洗濯も、楽しんでやった。

「自分一人でも生きていける感覚」「親に頼らず自分で食べていける感覚」が気持ちよくて仕方がなかった。